〜光合成系制御機構の環境応答〜
光合成速度の決定要因の解明に向けて


 自然環境の中で、変化に富む環境要因として温度環境が挙げられます。日中の気温変化や一年を通しての気温変化など、植物の生育温度環境は一定ではありません。そのため、ほとんどの植物は低温や高温といった温度変化に柔軟に馴化・適応できる能力を備える必要があります。

 多くの植物が、生育温度に応じて光合成速度の最適温度や温度曲線を変化させるのはその一例です(Fig. 1)。このような光合成系の温度応答によって、生育温度下において効率の良い光合成を行い、生長することができると考えられています。この現象を「光合成系の温度馴化」と呼んでいます。


Fig. 1: 光合成速度の温度応答


1) 光合成反応の中で、どの反応が光合成速度を決定しているのか?
2) 栽培温度によって光合成速度の温度曲線が変化しますが、どのようなメカニズムによって変化するのか?  また、そのメカニズムは植物種によって異なるのか?

 私はこれらの疑問に答えるために、
  生理生態学的・生化学的・分子生物学的と様々な視点から解析を行っています。



 高温は植物の成長や収量の減少をもたらし、気温1上昇あたり収量が17%減少するという報告もあります。また、成長期に気温の低い日が続き、植物の成長が抑えられて作物が実らないこともあります(冷害)。低温から高温まで光合成速度の決定要因を明らかにすることで、近未来に予想される環境条件下において、遺伝子改変技術によって植物の光合成能力・生産性を増大させることが可能になるかもしれません。



イントロ
1)光合成を決定する要因: 光合成モデル
これまでの研究

1) 光合成系の温度馴化能力の種間差
   光合成速度の最適温度や温度曲線が変化するメカニズム

2) カルボキシレーション速度を決定する要因
 2-1) 葉内CO2拡散抵抗
 2-2) ルビスコのキネティクス
 2-3) ルビスコの活性化率

3) RuBP再生産速度を決定する要因
   電子伝達速度とATP合成速度の観点から

4) 研究の重要性



 光合成モデルによれば、光合成速度はCO2の受容体である1) RuBPのカルボキシレーション反応2) RuBPの再生産反応のどちらか遅い反応によって決定されます (Fig. 2: Farquhar et al. 1980)。前者は炭酸固定酵素ルビスコのCO2固定反応であり、後者はチラコイド膜における電子伝達 (NADPH合成)ATP合成、またはカルビンサイクルの諸酵素に律速される反応です。
*このほかに、光合成速度は葉緑体内の無機リン酸濃度によって決定されることもあります。これはリン酸律速と呼ばれ、低温環境において生じやすいと考えられています。


Fig. 2: 光合成速度の律速要因


 光合成速度がどちらの反応によって決定されるのかについては、光合成速度のCO2応答を測定することで解析できます (Fig. 3)


Fig. 3: 光合成速度のCO2応答
 光合成速度のCO2応答を25℃で測定しました。のシンボル(, )が実測値で、その中でものシンボルは大気CO2濃度における光合成速度を示しています。青色の曲線がカルボキシレーション反応によって律速された光合成速度、緑色の曲線がRuBP再生産反応によって律速された光合成速度です。Fig. 3Aでは、大気CO2濃度では、光合成速度はカルボキシレーション反応によって律速されることを示しています。また、Fig. 3Bでは、大気CO2濃度では、光合成速度はRuBP再生産反応によって律速されることを示しています。


 
温度は光合成における全ての生化学反応に影響を与えます。そのため、光合成の温度応答は非常に複雑です。これまでの光合成系の温度馴化に関する研究では、RuBP再生産反応の温度依存性が注目され、その中でも、電子伝達反応の温度依存性が最も重要な要因と考えられてきました (e.g., Farquhar & von Caemmerer 1982, Sharkey 2005)。一方で、カルボキシレーション反応の温度応答の研究はほとんど行われていないにも関わらず、光合成系の温度馴化には重要でないと考えられていました (von Caemmerer 2000)




 光合成速度の温度応答は植物種によって異なることが報告されていますが、その違いがどのような植物種間の違いによってもたらされているのか明らかとなっていません。また、温度-光合成曲線の決定要因も植物種によって異なる可能性があります。そこで、低温耐性能力の異なる合計11種の低温感受性種(イネ、タバコなど)と低温耐性種(ライムギ、ホウレンソウなど)を15℃30℃で栽培し、光合成系の温度馴化能力の違いを解析しました。その結果、低温耐性種は感受性種に比べて、光合成系の温度馴化能力が高いことが分かりました (Fig. 4Yamori et al. 2005, Yamori et al. 2008, Yamori et al. 2009)



Fig. 4: ライムギ(低温耐性種)とイネ(低温感受性種)の光合成の温度応答


 植物を15℃と30℃で栽培して、光合成速度の温度応答を解析しました。矢印で示しているのが、光合成速度の最適温度です。ライムギでは、栽培温度によって大きく光合成速度の最適温度が変化し、それぞれの栽培温度における光合成速度は同じ値を示します(高い温度馴化能力)。一方で、イネでは、光合成速度の最適温度がそれほど変化せず、栽培温度における光合成速度は大きく異なる値を示します(低い温度馴化能力)。

 次に、1) カルボキシレーション反応2) RuBP再生産反応のどちらの要因が現在の大気CO2濃度下における光合成速度を決定しているのか温度ごとに解析しました (Fig. 5)。低温感受性種は、幅広い温度に渡ってRuBP再生産速度による律速を受け、低温耐性種はカルボキシレーション速度による律速を受けていました。また、低温栽培葉は高温栽培葉に比べてカルボキシレーション速度による律速を受ける傾向にありました。つまり、光合成速度の温度依存性の決定要因は種や栽培温度によって大きく異なることが明らかとなりました。また、低温耐性種において光合成系の温度馴化能力が高かったメカニズムとして、光合成速度の決定要因(カルボキシレーション速度or RuBP再生産速度)の温度依存性を栽培温度によって大きく変化させることが可能かどうかという点でした (Yamori et al. 2005, Yamori et al. 2008, Yamori et al., 2010a)



Fig. 5: ライムギとイネの光合成速度の律速要因


 大気CO2濃度における光合成速度の律速要因をFig. 3のように解析しました。黒丸(●)は実測値を示し、青色の曲線がカルボキシレーション反応によって律速された光合成速度、緑色の曲線がRuBP再生産反応によって律速された光合成速度を示します。

 従来、光合成の温度応答についてはRuBP再生産反応が重要視されていたので、カルボキシレーション反応の重要性を見出したことは、非常に意義のある結果でした (Yamori et al. 2005, Yamori et al. 2008, Yamori et al. 2010a)。



*栽培温度だけではなく、、私は栽培光環境や窒素栄養環境によって光合成速度の律速要因が変化するのかどうかも解析しました。栽培光環境によって、光合成速度の律速要因はほとんど変化しなかったのですが(Yamori et al. 2010b)、窒素栄養環境よって光合成速度の律速要因は変化することが分かりました(Yamori et al. 2011)。




 光合成系の温度馴化能力が高く、生化学的な解析が容易なホウレンソウを選び、カルボキシレーション速度の主な決定要因と考えられる、2-1) 葉内CO2拡散抵抗、2-2) ルビスコのキネティクス、そして、2-3) ルビスコ活性化率の栽培温度による影響を調べました。
 CO2は外気から気孔、細胞間隙を通って葉緑体へ運ばれ、ルビスコによって固定されます。これまでの光合成モデルでは、気孔におけるCO2拡散抵抗(気孔抵抗)が光合成の律速要因として重要であり、細胞間隙から葉緑体内にかけてのCO2拡散抵抗(葉肉抵抗)は光合成の律速要因ではないと考えられてきました (Fig. 6)。ガス交換-炭素安定同位体同時測定システムを用いた解析によって、葉肉抵抗気孔抵抗に比べて、二倍以上も光合成速度を律速する要因であり、その温度依存性は栽培温度によって異なることを示しました (Yamori et al. 2006)


Fig. 6: CO2拡散抵抗
 気孔抵抗(stomatal resistance)CO2が気孔を通るときに生じる抵抗であり、葉肉抵抗(mesophyll resistance)CO2が細胞間隙から葉緑体内にかけて拡散するときの抵抗(細胞壁と細胞膜が重要)です。




 これまで、ルビスコのキネティクス特性は植物種や栽培条件によって変化しないと信じられてきました (Fig. 7)。ホウレンソウ葉からルビスコを精製し、ルビスコのキネティクス特性(カルボキシレーションの最大活性(Vmax)CO2に対する親和性(Km))を調べました。低温栽培個体のルビスコは低温で、高温栽培個体のルビスコは高温で、効率の良いカルボキシレーション反応を示しました。光合成速度の温度応答には、ルビスコのキネティクス特性の変化も大きく影響していることが分かりました (Yamori et al. 2006)

Fig. 7: Rubisco
 ルビスコは大サブユニット8個と小サブユニット8個からなるヘテロ16量体から構成されています。ルビスコはRuBPのカルボキシル化(CO2)とオキシゲネーション(O2)の両方を触媒します。カルボキシレーションによって、ホスホグリセリン酸(3PGA)が合成されるのに対して、オキシゲネーション反応によって3PGAとホスホグリコール酸が合成されます。





 多くの植物では、高温においてルビスコ活性化率が減少すると報告されていますが、栽培温度の異なる植物を用いて、ルビスコ活性化率の温度応答の違いを調べた研究はありませんでした。そこで、ルビスコ活性化率の温度応答を解析したところ、ルビスコ活性化率は低温側では変化しませんでしたが、高温側で大きく低下していました (Fig. 8)。また、ルビスコ活性化率の温度応答は栽培温度によって大きく異なり、低温栽培葉は高温栽培用よりも、高温におけるルビスコ活性化率の減少が大きかった。つまり、ルビスコ活性化率は高温における光合成速度の温度応答を決定する重要な要因であることが分かりました (Yamori et al. 2006)


Fig. 8: 光合成速度とRubisco活性化率の温度依存性


 ルビスコは高温になると不活性化します。このときに不活性化されたルビスコアクチベースと呼ばれる別の酵素によって再び活性化されます。高温でルビスコが不活性化される原因として、アクチベースの熱安定性・量が要因だと考えられています (Fig. 9)


Fig. 9: Rubiscoの活性化制御メカニズム


 高温でルビスコ活性化率が減少するメカニズムを明らかにするために、アクチベース量を減少させた形質転換体タバコを用いて解析しました (Fig. 10)。今回のデータでは、異なる栽培温度と異なる測定温度において、アクチベース量とルビスコ活性化率の関係を示します。どの測定温度であろうとも、アクチベース量が15%以下に減少すると、ルビスコ活性化率は大きく減少した。よって、アクチベースは植物の生存にとって必須であると言える。また、測定温度15℃と25℃では、アクチベース量が50%減少しても、ルビスコ活性化率にはほとんど影響が無かった。一方で、測定温度40℃では、アクチベース量の減少と共にルビスコ活性化率が減少する傾向にあった(その減少の程度は30℃栽培よりも、20℃栽培において大きい)。しかし、40℃においても、アクチベース量の減少に比べてルビスコ活性化率の減少の程度は小さかった。これは高温におけるルビスコ活性化率の制御がアクチベースのみによって制御されるのではなく、その他に制御メカニズムが存在する可能性を提案する(Fig. 10; Yamori & von Caemmerer 2010)アクチベースは葉緑体内のATP/ADP比や還元力などによって活性制御を受けることが知られているので、ルビスコ活性化は電子伝達反応によって制御されている可能性があります (Fig. 9)


Fig. 10: activase
量とRubisco活性化状態との関係
 形質転換体植物 ()と野生型植物 ()20℃と30℃で栽培して、アクチベース量とルビスコ活性化率の関係を解析しました。青色、黒色、赤色で示されたシンボルは、それぞれ、葉温15℃、25℃、40℃におけるRubisco活性化率を示しています。

 このように私は、1)種や栽培温度によって光合成の温度応答を決定する要因が異なること、2)ホウレンソウ葉を用いて光合成速度の温度依存性が変化する一連のメカニズムを体系的に明らかにしました。そして、光合成系の温度馴化メカニズムには、カルボキシレーション反応の温度応答が重要であることを示しました。さらに、カルボキシレーション反応の温度応答を決定する要因として、a)葉肉CO2拡散抵抗、b)ルビスコ活性化率、そして、c)ルビスコのキネティクス特性のそれぞれの変化が重要であることを示しました。





 将来予想されるCO2濃度下(e.g., about 800ppm in 2100)において、光合成速度はRuBP再生産反応によって律速されると考えられています。そこで、RuBP再生産速度がどの因子によって決まっているのかを調べるために、光合成電子伝達反応に関わるCytchrome b6/f complex1つの要素であるRieske FeSATP合成を行うATP synthase (δ)の量を減少させたそれぞれの形質転換体を用いました。
 それぞれのタンパク量の減少と共に、RuBP再生産能力(Jg)が減少しました(Fig. 11)しかし、Jgの減少の程度は、Rieske FeS量を減少させた形質転換タバコにおいて大きい傾向にありました。つまり、Jgを決定する要因はATP synthase量(←ATP合成速度: ATP供給)よりもCyt b6/f complex量(←電子伝達速度: NADPH供給 *ただし、ATP供給にも関与)であることが分かりました (Yamori et al. 2011)

 RuBP再生産能力(Jg)の決定要因として、カルビンサイクルのSBPaseも候補として考えられています(Raines 2003, 2006)。今後、光合成電子伝達反応とSBPaseをはじめとするカルビンサイクルの諸酵素との関わりを明らかにすることにより、RuBP再生産能力(Jg)の決定要因をより詳細に解析できると考えられます。


Fig. 11: ATP synthase量とCyt b6/f complex量がRuBP再生産速度に及ぼす影響
 左側に示した図がATP synthase量を減少させた形質転換タバコの結果を示し、右側に示した図がRieske FeS量を減少させた形質転換タバコの結果を示します。



 IPCCによる報告では、地球全体の平均気温は今後100年で1.84.0℃上昇すると予想されています(Fig. 12)。また、地球環境変動と共に、乾燥地が増えることも予想されています。乾燥下において強い光放射にさらされると、植物体の温度は外気温よりも大きく上昇します (+5+10℃)。その結果、植物にも様々な影響が出ると予想されます。たとえば、地域的な気候変化による影響としては、植物生存域の極地方、高地への移動(生物多様性に影響あり)であったり、農作物への影響としては、a) 中緯度地域において、23℃の気温上昇によって、農作物の収量の減少、b) 熱帯地域において、高温障害や水不足による生産量の減少などです。
  
  

Fig. 12: 地球温暖化


 どのようなメカニズムによって温度環境の変化に馴化することができるのか、そして、そのメカニズムは植物種によって異なるのかどうかを解明することは重要です。また、地球環境変動の中で、温度環境だけではなく、大気CO2濃度も大きく変化しています(Fig. 12)。将来のCO2濃度において、どのプロセスが光合成速度を律速しているのかを解明することも重要です。
 これらを理解することにより、遺伝子改変技術によって植物の光合成能力・生産性を増大させるために、光合成反応の中でもどの因子に注目したらいいのか理解できると考えられます。



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